ショートトラックも人生も、駆け引きこそがものを言う / 僕の見た『ユート』

ユート 3 (ジャンプコミックス)

ユート 3 (ジャンプコミックス)

 かくして噂は現実になってしまった。『ユート』打ち切り。およよ。
 自己中心的とか言う以前にそもそも自分のこと以外まるで目に入らない現代ッ子が、『競技者』として他者から初めて強く意識されたことをきっかけに一端の社会性を獲得していく――『ユート』の目指すものは多分、そんな極めて真っ当な成長物語であったと思うのです。ややもすると説教臭くなりそうなテーマですが、可能な限りその臭気を消し、するりと、それでいて丁寧に描く、ということがほったゆみ河野慶コンビにはできていた。細かく挿入されるユートくんの失礼な台詞(悪気はない)のそれっぽさとか、淡々と描かれる父子家庭の情景など、見事でした。
 丁寧さの点で特に光っていたのが大人たちの描写で、海千山千のコーチ、ユートくんを人間扱いしないお父さんなんかが実に良い。そしてそんな彼らの思惑に翻弄されながらも、それと気づかないユートくんの姿はさめざめと痛々しいのですが、しかし、周囲の大人と巧い具合に折り合いをつける、というのは子どもが最初に身に付けるべき社会性と言えます。避けては通れません。大人たちの顔色を窺いつつ、自らの希望を通すメソッドの模索。これを通して、ユートくんは人並みの老獪さを身に付けていくのでしょう。ショートトラックが駆け引きのゲームであるというのも、この一連のテーマと親和性が高いように思えます。周回遅れの選手の存在にいち早く気づき、然るべき手を打てるだけの観察眼――これは、日常生活で社会性と呼ばれるものと同質です。これからどんどん面白くなりそうなのになあ。惜しい、惜しすぎる。
 ユートくん名シーン
 ・夜、一人でレトルトカレーを食べるユートくん
 ・手際よく皿を洗うユートくん
 ・「ショートトラックなんかじゃなくて」
 ・「ゆっくり走ろうね」→全力滑走
 ・「牧原君、フライング!?」
 お父さん名シーン
 ・ユートくんに気軽に嘘を吐くお父さん(「そう言わなきゃおまえ、駄々捏ねてただろ」)
 ・ユートくんに依存するお父さん(「おまえ、オレを……一人にする気か!?」)
 蛇足になりますが、大人と言えばもう一人、吾川くんのお母さんの描き方も素晴らしかったですね。ほんの一コマ二コマ喋らせただけで、「ああ、こういう育て方をしたから今の吾川くんができあがったのだな」と納得させられます。木の股から生まれてきたようなキャラたちの跋扈する少年ジャンプにおいて、こういう細やかさはなかなか新鮮でした。でしたのに……(何を書いても過去形になる。ああ)。