牙を剥く優等生 〜小林くんの場合〜 / はてなダイアラージャンプ漫画百選

 こういった企画に参加するのは初めてなのでちょっとどきどきしております。id:singijutuさんに指名して頂いたジャンプ漫画百選。ぶっちゃけ一番好きなのは『HUNTER×HUNTER』なんですけど(言っちゃった!)、百作も選ぶんだし、せっかくだから「俺が選ばなきゃ誰が選ぶんだ!」的マイナー作品から引っ張ってくることにしました。企画の趣旨から外れてる感もありますが、気にしない気にしない。

Diamond 1 イライラの向こう側 (ジャンプコミックス)

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Diamond 2 この場所 (ジャンプコミックス)

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 柳川ヨシヒロ『ダイヤモンド』は1996年21号から同年38号まで連載されたボクシング漫画であります。全17話。ええ、紛うことなき打ち切り漫画です。覚えてない方でも、「ほらあれだよあれ、『幕張』でさ、"「悪かないぜ!」(柳川ヨシヒロ先生の次回作にご期待ください)"って最終回ネタにされた――」と説明すれば「ああ」くらいの反応は返してくれるのではないでしょうか。なんとも虚しいことですが。
 今冷静に読み返してみれば、この作品に人気が出なかった理由はよくわかります。すごい納得できます。まず第一に、試合シーンが地味。必殺パンチの一つも出てきやしません。主人公・朋也くんの得意技はデンプシー・ロールでもなければガゼルパンチでもなく、『柔軟なヒザによる自由自在な体重移動』です。なんだそりゃ。渋い。渋すぎるぜ。
 そして第二に、全編を覆う圧倒的ホモ臭。『強い奴を見ると勃起する主人公』という設定と合わせ、小学生は確実に引いたと思われます。というか今書いてても引きます。
 しかしそれでも。『ダイヤモンド』は面白かった。
 当時中学生だった僕の心を、この漫画はがっちり掴んで放さなかった。十五年もジャンプを読んでれば様々な作品の死に目に立ち会いますが、これほど衝撃を受けた打ち切りは後にも先にもありません。
 何がそこまで僕を捕らえていたのか。語りたいことは色々ありますが、ここでは朋也のジム仲間・『小林くん』のエピソードに絞って書いてみたいと思います。

「まとまり過ぎって怖いのよね、その次が無いもの」
「いい子ですからね、小林くんは……」

 小林くんは優等生だ。
 小林くんは現状にそこそこ満足している、が、『教科書どおり』で『型にはまった』自分のボクシングスタイルにわずかながらコンプレックスを抱いている。
 小林くんはそれを自虐ネタにして昇華しようとするが、できない。マスオさん(ジムの会長代理。朋也・小林双方の師匠キャラ)がそれを許さない。

小林「そうですよね、ハハハ……ボクみたいに教科書どおりしか出来ないタイプだっているんだから!」
マスオ「キミがそう思ってるかぎり、たぶんそうでしょうね」

 そこに朋也が入門してくる。
 朋也は未熟ながら、柔軟なヒザという可能性――個性(ああ、なんと忌むべき響き!)を持っている。それ故に朋也は皆に可愛がられる。
 小林くんはそれが気に入らない。可能性などというわけのわからないもので、自分よりも評価される朋也が許せない。
 イライラは募り、二度目のスパーリング。ついに小林くんは牙を剥く。

「本気でやらせてください! それなら朋也さんがまた何もやれずに……『泣き出しても』言い訳くらいにはなるでしょっ!」

(確かに朋也さんの変な意外性は――ボクだって感じてたさ!)
(でもおもしろきゃいいってもんじゃ……ないでしょっ!)
(ボクはもう一度……もう一度認めさせてやるっ! 認めさせてやるんだァッ!!)

 「おもしろきゃいいってもんじゃないでしょ」の台詞は凄い。全ての要約になる。
 何せ世の中、特に中高生くらいの世の中というものは大体『面白けりゃ良いってもの』です。この理不尽さを一度でも感じた者ならば、小林くんに感情移入せざるを得ないはず。朋也と小林くんの闘いは即ち、愛される問題児――少年漫画の主人公にはこのタイプが多いです――に対する、ニグレクトされた優等生の、存在を賭けた挑戦なのだ。