麻耶雄嵩(マヤユタカ)『名探偵 木更津悠也』感想

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

 「我これより、汝が名を七度呼ばん!」
 「麻耶雄嵩! 『新本格の末弟』!!」
 「麻耶雄嵩! 『構造破壊者』!!」
 「麻耶雄嵩! 『悪意のアヴァタール』!!」
 「麻耶雄嵩! 『ミステリ・インブリード』!!」
 「麻耶雄嵩! 『推理の平行世界』!!」
 「麻耶雄嵩! 『ザ・ルネサンス』!!」
 「麻耶雄嵩! 『タイトロープ・スラッシャー』!!」
 ──とまあ誰にも拾えない古橋秀之ジョークはさておき、麻耶雄嵩です。
 この人の作品は一見、古典作品を彷彿とさせるオーソドックスな形式をとっているように見えます。デビュー作『翼ある闇──メルカトル鮎最後の事件』では古風なお屋敷の連続殺人事件に名探偵登場ですし、次作『夏と冬の奏鳴曲』では無人島で連続殺人事件発生に迎えの船はしばらく来ないぞきゃー、ですし。
 しかし、オーソドックスなのは飽くまで外見、形式的な部分に過ぎません。実際に読んでみると、これが中々尋常な内容でないことがすぐに知れる──そのようにデザインされています。外から見たらバロック建築、でも中に入ったらトリックアート館でした! という感じでしょうか。
 本作でもその手法は同様。『白幽霊』『禁区』『交換殺人』『時間外返却』の短編四作を収録していますが、そのいずれにしても探偵事務所に依頼人がやって来る、という極めて定番なつくり。であるがゆえに、名探偵・木更津悠也とワトソン役・香月実朝の関係性の異常っぷりが際立つのです。
 まず、名探偵である木更津よりも、ワトソン役の香月のほうが推理力が高い──有体に言って頭が良い──という絶対的事実があります。いつもいつも、事件の真相には香月のほうが先に気づく。真相に至った香月はしかし、自ら解決を喧伝するのではなく、それとなくヒントを出して、必ず木更津に解かせようする。つまり、名探偵・木更津悠也は、香月実朝によってプロデュースされた名探偵である、と言うことができます。
 さて、ここまでは『翼ある闇』で既に分かっていたことなのですが、本作では更に一歩踏み出して、何故香月は自ら探偵たろうとしないのか、という部分に焦点が当てられます。香月がくり返し語る、『名探偵の条件』。それがこの作品の真髄です。
 「頭が良いことなど、必ずしも名探偵の条件ではない」
 「これだから私は名探偵にはなれない」
 「名探偵の条件、それは──」
 最後の短編『時間外返却』で、二人の関係は新たな境地へと踏み出します。
 評価:【B】【心】
 にしても、香月が木更津に向ける感情って、明らかにキャラ萌えなんだよなあ。ここら辺にも拾われるのを待っている鍵がありそうだ。