春休み・殊能将之祭りー。

「あんまり、深刻に考えすぎないほうがいいんだ。どんなことでもさ」
 マジクくんがそんなことを言ってたのを思い出したので、僕も深く考えないようにしました。失敗したら、転職すればいいじゃない。それに器用さと適応性にだけはそこそこ自信があるし、大抵の仕事はなんとかやっていけるって。うんうん。
 とまあそんな風に思い至ったのでサイト更新する余裕も生まれたわけですよ。今どきLet it be 思想かよと思うとと吐き気を催すけど、結局のところ単純な奴だってのはわかってるんだよなあ。長い付き合いなだけに。
 更新停滞してる間に読了本が結構溜まってるので、さくさくっと感想を書いてしまおう。
 殊能将之『美濃牛』【B】

美濃牛 (講談社文庫)

美濃牛 (講談社文庫)

 美濃牛と書いてミノタウロスと読む。もはやこれは常識。
 ミノタウロスの迷宮に始まり横溝正史に畜産業にコール・ポーターに俳句、と徹頭徹尾パロディやら引用やらの嵐。僕自身は教養高くないので真似できないんですが、こういった衒学趣味は大好きです。知識のある方々には是非とも積極的にひけらかして頂きたい。
 面白かったのはわらべ唄の下りですね。古くから村に伝わるわらべ唄、それをなぞるように人が殺される! でも残念、誰も唄の内容をまともに覚えていなかった……という。つまりこの見立て殺人は見立て殺人のための見立て殺人、読者に対するサービスとしてしか機能しておらず、作中人物は二の次になっている。メタだ。
 次も殊能さんで。
 同上『黒い仏』【B+】【心】
黒い仏 (講談社ノベルス)

黒い仏 (講談社ノベルス)

「サイコーじゃないッスか、僕……、ダイスキですよ、こーゆーの」
 とにかく爆笑。こりゃ凄いや。イメージとしては殊能版『コズミック』。いや全然違うんだけど、立ち位置は近い。
 まあ『コズミック』がオチに到着するまで長々と苦痛で耐えがたい時間を味わわせるのに対し、殊能将之の文章は読みやすくて普通に楽しいのが偉い。短いのもまた偉い(ノベルス版で230ページ)。これならボルヘス先生も怒るまいて。
 同上『鏡の中は日曜日』【A】
鏡の中は日曜日 (講談社文庫)

鏡の中は日曜日 (講談社文庫)

 前作のおかげで殊能先生ブームが大炎上。続けて手に取るが、今度は一転正統派。それでいて面白いんだから手に負えない。
 参考文献欄に綾辻行人館シリーズが全部載ってるところからもわかるように、今度は新本格作品のパロディです。明らかに精神に異常を持っていることがわかる人物の一人称パート、現在と過去が交互に来る構成、作中作、そしてオモシロ奇妙な館、と新本格読みなら誰もが遭遇したことがあるであろうガジェットの数々に終始ニヤニヤ。
 名探偵・水城優臣が十四年前に解決した事件を石動戯作が再調査する、という物語設定も実に良い。十四年前といえば新本格隆盛期なわけで、つまり往年の新本格の象徴たる名探偵・水城優臣に現代の名探偵・石動、すなわち殊能将之が挑むという形になっています。美しいじゃあないですか。中盤、館の改築ネタなどで新本格を皮肉りつつ、石動は新本格を打ち倒すのか――と思いきや真相は結局ああでああでああなって、ラストは新本格に対する、文字通りの愛の告白。うーん、いいなあ。
 あと、途中で触れられる詩人・マラルメの解釈、孤高の詩人であると同時に俗っぽい世間が大好き、というのはまさに殊能先生のスタンスですね。