能あるミステリ作家、右の爪だけちょっと見せる

暗黒館の殺人 (下) (講談社ノベルス)

暗黒館の殺人 (下) (講談社ノベルス)

 綾辻行人暗黒館の殺人』読了。長かったー。特に上巻キツい。あまりにも起伏のない展開はなんかもう下手な睡眠導入剤よりも効く。実際読みつつ何度か寝た――が、下巻に入って浦登家サーガが語られ始めるにつれ、ようやく「読んでる」実感が湧いてきて、目も覚めてきた。それまでは活字を眼で撫でてる、に近かったんで……後半はわりと楽しめたよ。
 メインのトリックはまあ、綾辻作品に慣れている読者ならおおよその見当はつく代物で、そしてこの作品を綾辻マニア以外が読むはずもないので、結局すべての読者に大体のところはバレているんですが、これは恐らく計算づくでしょう。大量のヒントを用意して、繰り返し繰り返し注目ポイントを指摘して、早く気づいてくれと言わんばかりに……。つまりこれは「見せトリック」ではないかと思うんですね。真の驚きどころ、つまり例の怪しい人物の正体が実はアレであるということはその一歩先に置いてある。「見せトリック」を見破ったことで満足してしまった読者(僕のことだ)には、このもう一歩が出ないのだ。
 これはなかなか応用性の高い手法と言える。
 この作品で使われているようなこの種のトリックに我々はもう相当慣れていて、何をぶつけられてもそうそう驚くことはない。そしてこの種のトリックはやろうと思えばどうとでもできてしまうため、巧く隠しすぎてもいけない、という性質を持っている。この二点を考えあわせたとき、見せトリックの先にもう一ネタ隠す、という手法は有効だ。読者に適度な満足感を与えつつ、適度な悔しさも与えられる。仕掛ける側としても制御しやすい。おれもしあわせ、おまえもしあわせ。困ったときには思い出すが宜しかろう。
 メイン以外の小ネタも結構面白くて、綾辻の畸形大好きっぷり・美少女大好きっぷりが存分に発揮された件の双子なんかには大笑いでした。彼女らのフリークスコントがなければ上巻の壁は越えられなかったやもしれず。あと、様々なオブジェに混じって『奇面』があるのはファンとしてはにやりってとこでしょうか。これ以外にもまだ見ぬ館に繋がるアイテムがあるのでは、とか考え出すと楽しい。すべての館が出揃って答え合わせができるのは……まあ二十四年後くらい?
 と、ここまで実態以上に誉めすぎてる気がしてきたので、駄目な点も言っておく。トンデモ方面に居直っちゃってるところ、あれは少々、いやかなり頂けません。「“世界”を統べる冷ややかな悪意」って要するに綾辻の都合じゃん。
 
 評価:【B】