藤原京『骨喰島』感想 / 現実からノイズを引いたらミステリ。

骨喰島 (集英社スーパーファンタジー文庫)

骨喰島 (集英社スーパーファンタジー文庫)

「言うまでもないことだが、ミステリは難しけりゃ良いってもんじゃない。言うまでもないことだが」
「言うまでもないことです」
「君も読んだだろうが、『ひぐらしのなく頃に』のシナリオ紹介にこんな一文がある。『祟殺し編――難易度は最悪。多分あなたは推理するにすら至りますまい』。さあ鈴藤くん、一回だけツッコむことを許すよ」
「はい先輩。『我々は、推理するにすら至らないものをミステリとは呼びません』。どうです」
「正解。ただ不可解な現象を見せただけではミステリにならない。手がかりなり伏線なり、読者に真相を考えるための立脚点を与えて初めて、ミステリになったと言って良い」
「『ひぐらし』の場合、そもそも何が謎なのかすらわからない、なんて状況が出てきますしね。そりゃあ難易度も上がるってものです」
「まあ現実世界における問題とは得てしてそういうものだ、と森博嗣なら言うのだろうが……」
「ミステリは確かに現実ですが、現実がすべてミステリとは限りません。何でもありの現実に一定のルールを持ち込んで制限をかけたもの、それがミステリなのですから、『それは現実の話だろ』で一蹴するのが正しいかと思われます」
「そううことだな」
「そういうことです」
 
「さて、前置きが長くなった。藤原京の『骨喰島』なんだが、これもひぐらしと同じ轍を踏んでる感がある」
「読まれましたか。ほねばみじま、邪眼シリーズの第四作ですね」
「ツカミは面白いんだツカミは。クローズド・サークルと化した小島に金満家一族と彼らに雇われた悪魔使いが複数名。依頼内容はボディガードだが、彼らを嘲笑うかのように殺人事件が連続する。下手人は謎の悪魔、誰の持ち悪魔なのかはわからない。しかし使い手はどうも内部にいるっぽい。ボディガード連中に持ち悪魔を虚偽申告している者がいるのか、はたまた金満家一族の中に使い手が隠れているのか。はてさてふふー」
「面白そうですよねえ。まあ、クローズド・サークルと聞くだけでよだれの出る体質なんですが」
「しかしこっから先がなあ……広がらないんだ。いや逆か。『狭まらない』んだな。犯人を推理するにあたって、寄る辺となる前提条件がまったくない。我々から見て、悪魔の能力の底が知れなさすぎる」
「《催眠系》の存在がマズいですよね。どの程度無茶が通るかわからない。催眠術はその存在だけでミステリを八割終わらせるですよ。藍染隊長を思い出せー」
「その他《予知系》なり《移動系》なり多様な能力が存在して、それらに『できること』の上限も知れない。現象を説明する仮説は無数に用意できるが、それらに優劣をつける根拠がないわけだ。そんなことだからまずは悪魔の正体、ひいては使える能力系統を特定しなくては話にならないのだけど、そのためには長尾くんの悪魔辞典に頼るしかないときた」
「先生、僕たちそんなの持ってません」
「というわけで、長尾くんが敵悪魔を特定してくれるまでの間、読者は完全な『待ち』になる。そしてようやく悪魔が特定されたと思ったら……」
「そこは既に解決編だった、と。特定した上でのフーダニットはなかなか堂に入ってるだけに、惜しいんですよね。引っ張る部分を間違ってるんじゃないかと。最初から能力系統明らかな方がなんぼかマシだったんじゃないですかね」
「あれだな、この手の超常ミステリは、超常部分を曖昧にしたら終わりなのかもだな。そうしないとどうしたって後出し気味になる」
「説明の手間がありますからね。あまり強調すると怪しまれるし……辛いところです」
「そこで超常部分は単純なほど強いのではないかと愚考する次第。説明簡単だし、読者もそこに絞って考えられる。悪魔の能力を《変身系》一本に絞って書けば、ほら、『ケルベロス第五の首』になるわけだ」
「あれはあれで難易度高すぎですが。読者を買い被るのも大概にしろですよ」
「買い被られるのは良いことだ。僕らもそろそろ、買い被られる年ではない」
「怖い怖い。図書館行っときますか」
「おう」
 
 評価:【B】
 
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