乙一『失はれる物語』読了。

失はれる物語

失はれる物語

 なかなか粒揃いな短編集。お気に入り順位は『Calling You』>『マリアの指』>『失はれる物語』>『しあわせは子猫のかたち』>『傷』>『手を握る泥棒の物語』かな。
 ◆『Calling You』
 孤独が別の孤独と出会い、なんだかんだあって前向きになっていく、という単純かつありきたりな話ではあるが、導入がロマンに溢れているので、それだけで充分読ませる。疎外された人間同士を結びつける心の中の携帯電話。時間SFネタは蛇足気味だが。
 ◆『失はれる物語』
 事故で五感のほとんどを失い、わずかに右腕の触覚を残すのみとなった男の物語。腕を鍵盤に見立ててピアノを弾く、というイメージの鮮烈さが全てと言える。すごい。
 ◆『傷』
 『他者の傷を自分の躰に移す能力』を持った少年とその友人の物語。ラストが少々舞城っぽい。「恥ずかしくて読み返せない」と作者が言うのもわかる、が、たまには恥ずかしい話も書くべきではないか。そんな気がする。
 ◆『手を握る泥棒の物語
 盗む者と盗まれる者が壁を挟んで手を握りあって膠着状態、という奇妙な状況を作りだしたのは偉い。壁から突き出た誰かの腕、という気持ち悪い絵面は『マリアの指』や『GOTH』所収の『リストカット事件』に通じるところがあるようにも思える。乙一は多分、根が変態なのだろう(作家にとっては誉め言葉である)。
 ◆『しあわせは子猫のかたち』
 孤独が別の孤独と出会い、なんだかんだあって前向きになっていく、という単純かつありきたりな話。作者自身が言うように『Calling You』とテーマを同じくしているわけだが、同じ話なら導入の見事な『Calling You』に軍配は上がる。
 ◆『マリアの指』
 列車に轢かれた憧れの女性の指を拾ってホルマリンに漬ける話。乙一の変態性がよく発揮されている。これでオチは爽やかだというのだから計り知れない。
 どの話も、何かしら強烈なイメージが先行していて、その後の展開はやや平凡、とそんな印象を受けました。50ページはもつけど100ページになると怪しい。まあ、短編集なら何の問題にもならないのですけども。満足しました。
 
 評価:【B+】