ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』読了。

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの (創元SF文庫)

 掲示板でお薦め頂いた作品。ハードSFとミステリの融合とのことで相当期待していたのですが、うわ、これは凄い。大きかった期待をさらに上回る、とんでもない出来でした。結論には腰を抜かしましたよ、いやほんと。
 あらすじ。西暦2030年、月面で身許不明の死体が発見された。宇宙服を身に纏ったそれは、どこをどう調べても現生人類と同種の生物である――にも関わらず、検屍の結果、その死亡時期は『五万年以上前であると推定された』。物理・数学から生物・地学、果ては言語学者に至るまで、あらゆる分野のエキスパートがこの謎の解明のために集結する。謎は謎を呼び、調査の度に新たな謎が巻き起こる――次号を待て!
 何が恐ろしいってこの作品、島田荘司本格ミステリの定義に完全に当て嵌まるんですよ。SF分もしっかりしてるのに。どういう完成度だ。
 まず冒頭、『幻惑的な謎の提示』。太古の昔より共にあり、人類がことあるごとに見上げ、憧れさえ抱いてきた月。そこには常にその遺体が横たわり、発見される日を待っていたわけです。これだけで既にロマンがあるではないですか。
 彼は一体何者で、どこから月へやって来たのか。彼が地球で生まれたのだとすれば、五万年前に有人宇宙飛行を可能にするほどの文明、その痕跡がなぜ残っていないのか。それとも彼は別の惑星で生まれたのか? それならばなぜ、地球の人類とまったく同じ進化を遂げたのか? 地球で生まれたと考えれば地質学、他の惑星で生まれたのだとすれば生物学を、根本から揺るがすことになる。矛盾なく説明する方法はあるのだろうか?
 次に『中盤のサスペンス』。登場人物の身の危険に類するような緊張感はありませんが、続々と発見される新事実によって生じる、これまで積み重ねてきた科学が基礎の基礎から覆されてしまうのではないか――という危機感は、見方によっては個人の生死をはるかに凌ぐ緊迫といって良いでしょう。
 ここで様々な仮説が提出されるんですが、それらの仮説に、各分野の科学者それぞれの立場が反映されているのが面白い。たとえば物理学周辺の人々は、とにかく『光の速度は不変』という原理だけは死守したいがために、それに基づく仮説を立てる。結果生じた矛盾で地質学にしわ寄せが行くけど、それはそれ。一方、生物学者たちは進化論の基礎的な考え方だけは譲れない。その観点で導かれた仮説は結果言語学者に責任を投げるけど、それはそれ。そんな風に一長一短の仮説が次々と出てきて、飽きさせません。
 そして最後、『意外な結末』。これは読んでもらうしかないですけど、この解決編の書き方がまた、いかにもミステリって感じで、堂に入ってます。真相に気づいた主人公が、各分野の科学者を一所に集めて「さて皆さん」とかやっちゃうんですよ。この時点で必要な情報はすべて出揃っているため、一旦本を閉じて推理することも可能。難易度は決して高すぎることはない。この点もまた、大変結構なお手前です。しかもしかも、この『真相』が、この現実(そう、我々の住む、この現実だ)で謎とされているいくつかの問題、それらの解決にも繋がるという――どこまで気が利いてるんだホーガン先生。すげえ。まったく、すげえ。
 さて。本格の条件は以上で揃いましたが、加えて。さらに加えてこの作品、最後の最後、『ぐっとくるドラマ』まで用意してくれちゃってます。その瞬間、本格ミステリとしてだけでなく、小説として、完璧になったと思いましたね。本当に、まったく隙がない。『完璧な長篇小説(パーフェクト・ストーリー)』とでも呼びたくなります。
 
 評価:【S】【心】