秋田禎信『我が神に弓ひけ背約者(上)』読了 / オーフェン再読(09)

「でも……お師様にはなにもできなかったじゃないですか」
「……え?」
 なにを言われたのか理解できず、オーフェンは聞き返した。マジクはそれで口をはさむ隙を見つけたのか、襟をつかんでいる彼の手首を、強く握ってきた。
「お師様がなにもできないようだったから、ぼくがやったんじゃないですか。なら、お師様に怒られるいわれなんてないですよ!」
「お前な──」
 オーフェンは言い返そうとするよりも早く、マジクに手を振りきられた。

「お師様は……」
 少年はそこで、一度躊躇したようだった。だが、なにかを呑み込むように喉の奥を動かすと、静かな声でささやくように言う。
「お師様はまるで、ぼくに嫉妬してるみたいだ」

 すげーすげー。ここらへん、もう文章・台詞の一つ一つが好きすぎる。書き写してるけで体温上がるよほんと。西部編もいよいよ大詰めの九巻め。尺にして八割くらいは延々と地下道を歩き続けるだけの地味な話なんだけどさあー、途中でこんな決定的なひとことをマジクが言ってしまうもんだからさあー。かといって一緒に地下道で遭難しかけてる状態では別れるわけにもいかないから、とりあえずさっきのことは置いといて目前の問題について会話しなくちゃいけないんだけど決して目は合わせない感じとかさあー。はしごを昇るシーンで「ぼくが先に行きます。お師様、身体の具合がよくないんでしょう?」ってしゃしゃり出てきてオーフェンが黙って譲ると目をそらして「すいません」ってお前すいません言うぐらいなら初めからやるなあー! とかさ。そしてこのときばかりは本当に小声でクリーオウ「……どうしたの?」。アホの子のように振舞いつつ、実はクリーオウは空気の読める子。ほんの数行に大変豊穣なものが潜んでいる。素晴らしいなぁ。
 マジクとしては、ずっと欲しがっていた小さなプライド……自分の魔術で自分を守る、ということを前巻ラストで初めて手に入れたことで有頂天になって、とにかく褒めてほしかったんだよね。オーフェンに。それなのに(間違ってとはいえ)いきなり殴られるし、オーフェンすぐ気絶しちゃて肩透かしだし、それで今度は治療魔術まで成功させたのにやっぱり褒めてもらえないし。オーフェンも褒めるべきときにはちゃんと褒めてやれよ、とは思いつつもそれどころじゃないのもわかるしなー。内心では(まあ、たいしたモンだけどな、実際)とか思ってるのにそれを声に出して言ってやれないのは、一つにはマジクの年齢が十四、五歳というオーフェンにとって因縁のある年齢であること……当時の自分を見ているようで、ちょっと目を背けたくなる、っていうのがあるんじゃないかなと思ってるのだけど、もう一つに、やっぱり嫉妬があるのも確かなんだろうなあ。さらにそれに加えて、今はオーフェンに余裕がなさすぎだった、と。なんつーか、ことごとくタイミングが悪いんだよこの師弟。ちくしょう大好きだ。二人とも。
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 あとベッタベタだけど、絶体絶命のピンチにアザリー参戦の流れは燃えますね。ちゃんと頼りになる魔術士がオーフェンと一緒に戦ってくれるのって、実は初めてじゃないでしょうか(フォルテやレティシャは別行動だったし)。
 アザリーは鬼のように強いんだけど、彼女ほどでなくても、そこそこに腕の立つ魔術士の援軍てすごい助かるんですよね。魔術士の共通仕様として「攻撃と防御は同時にできない」ってのがあるので、一人が防御に専念してくれるだけで戦い方はがらりと変わる。人数=力ですよ。大変渋い世界観。