ミステリな日々。或いは叙述トリック講座

 一年生をぞろぞろ引き連れて大学近くの定食屋さんへ。ここの目玉は何と言っても豚焼肉定食、通称『ザンニ定食』である。
 必要にして十分な量の豚肉とご飯(学生街の飯屋は大抵私の胃にしてみるとオーバーワークなので、これは美点だ)に加えてキムチにモヤシにワカメのスープ。これで税込み320円也(ザンニ定食と呼ばれる所以)。コストパフォーマンスで松屋吉野家に勝てる店は大学界隈で今のところここだけである。
 料理を待つ間、軽い世間話をする。テーマは『今後の叙述トリックの運用について』。暫く黙って話を聴いていた一年生の一人がおずおずと切り出す。
 「あのー、叙述トリックってなんですか」
 しまった、叙述トリックって一般常識じゃない。
 「んー、作者が読者に対して仕掛けるトリックというか」
 「記述を省略することでわざと読者が誤認するように仕向けるというか」
 例を出せば分かり易いのだが、実際に推理小説で使われたトリックを言ってしまうわけにはいかない。我々の血にはネタバレ禁止という呪いがかけられているのだ。
 「ではクイズを出しましょう」
 要領を得ない僕の説明を見かねて、後輩女史が喋り出す。
 「ある部屋の中で、太郎さんと花子さんが死んでいました。部屋の中央では金魚鉢が割れています。さて、太郎さんと花子さんの死因は一体なんでしょうか?」
「それだけですか? 不可能状況ではないですから、屁理屈はいくらでも捏ねられますよ」
「ええ。だけど、与えられた情報から可能な限りグルーヴィな答えを導き出してください。制限時間は料理できるまでで」
「当然、叙述トリックが使われているわけですね?」
「そーゆーことです」
「金魚鉢がキーですよねえ」
 暫くみんな考えるが、なかなか気の利いた解答は出ない。
「リンドウさん、何かありませんか」
「えーと、その部屋自体が金魚鉢だったとか。つまり、溺死」
「ああ、惜しいですが違います。金魚鉢は部屋の中央で割れているんですよ」
「だから、部屋である巨大金魚鉢の中央にヒビ割れができていたのです。溺れかけた太郎さんたちの抵抗ですな。いや、或いは巨大金魚鉢は更に巨大な部屋の中にあって割れていたとか! 或いは或いは」
 そこでザンニ定食のお出まし。タイムィズオーヴァ。
「答えは窒息死。太郎さんと花子さんは金魚です」
 うーわ。気付いて然るべきだろ僕。悔しい。
 これから叙述トリックの説明が必要なときは使わせて頂こう。それにしても豚肉とキムチの相性は絶妙だ。