MMRは事実を基にしたフィクションです。

 毎日毎日TRICERATOPSの歌詞のような如何ともし難い日々のくり返し。そんな中、突然パソコンが壊れた。もう二年以上の付き合いになる僕の愛機、通称『未練-box』くん──彼が電源を押してあげても立ち上がらない。それどころか、起動時に特有のあのうなり声をあげることも、目を開けることすらもない。意識不明の重体という奴だ。
 未練-boxくんはもともと健康優良児といったタイプではない。お世辞にもそんな風には呼べない。たった二年の間、一体どれだけの病を患ったことか……。彼との生活は、そのまま闘病の歴史だったと言っても言いすぎではないだろう。僕は一時期、三ヶ月に一回クリーンインストールするのは当たり前だとさえ思っていたのだ。つまり、僕にとって未練-boxくんの不調というのはもはや日常茶飯事、例えるならば武装錬金の休載くらいよくあることだった(つまり、ハンターハンターの休載ほどよくあることでは流石になかったということだが)。そして、辛い出来事というのは乗り越えてみれば自信につながるものである。僕は彼の罹る病気のパターンを理解し始めていたし、それの対処法も確立しつつあった。僕らは真のパートナーになりつつある、そう思い始めていた。
 しかし、これまで乗り越えてきた多くの病は飽くまで内科の領域に属するものだった。今回のケースは明らかに外科的アプローチを要する。有体に言って、かつて経験したことのない危機だ。いつまで経ってもパソコン初心者を脱しない僕に、相棒を救うことはできるのか──?
 僕は未練-boxくんと初めて出会った日を思い出す。
 秋葉原の外れにひっそりと佇む、吹けば飛びそうな小さな庵。そこにはパソコンの組み立てを極めた仙人が住んでいる。
 「パソコンを一台頼む。よく言うことを聞いて、よく走る奴だ」
 噂を頼りにそこを訪れた僕は、仙人を見つけるなり、挨拶もせずに言った。仙人に時節の挨拶をするなんて、宇宙で天気の話題を振るようなものだからだ。
 「青年、君は運が良い。ちょうど生きの良いのを仕入れたところさ」
 雑然と積まれた様々なパーツの山から一枚の基盤を無造作に引っ張り出しつつ、仙人はそう答えた。
 今にして思えば、仙人は大嘘吐きだ。しかし当時の僕にそれを知る術はない。パソコンの生きの良さなんて使ってみるまで分からない──分かるとしたらそれこそ仙人くらいのものだろう。僕は組み立てを依頼し、待った。
 数時間後、僕はまだ名のないパソコンを受け取った。
 銀色に輝く、メタリックなボディ。今はCD-Rとフロッピーディスクのドライブしかついていないが、将来ドライブを増設することも想定した、大きい──あまりにも大きい、その箱。その箱は庵に置いてあったものから僕が選んだものだったのだが。
 (ちと、この大きさは予想外だな──さっき店頭で、じゃなかった庵で見たときと実際に手元に置いたときではスケール感が違う)
 僕は内心舌を打つ。
 (未練の残る箱の大きさだ。名前は『未練-box』てとこか、くそ)
 「名前をつけたな」
 唐突に仙人が言う。
 「な……」
 うめくが、仙人は気にした様子もなく続ける。
 「名前をつけたその瞬間から、このパソコンは君と一つとなる。君が笑えば笑い、君が泣けば共に泣く。気をつけるが良い、青年。君が絶望したとき、こいつもまた死ぬのだから」
 仙人の言葉は、そこだけ正しかった。(つづく)