麻耶雄嵩『螢』感想

螢

「やってくれた。麻耶“ミステリ・インブリード”雄嵩がまたもやってくれた。噂には聞いていたが、確かにこいつは凄い。叙述トリック叙述トリックなんだが、使う方向が普通と逆なんだ。全く新しいタイプのトリックと言ってしまって良いだろう。逆叙述トリックとでも呼んでしまうか? 毎度毎度、志の高さでは群を抜いている麻耶雄嵩だが、この作品はその中でも過去最高の仕事ではないかと思うね」
「過去最高の仕事。なんかまわりくどい言い方だな。最高傑作、では駄目なのかい」
「うーん、駄目ってことはないが。でもなんか、違うんだよなあ。俺の中では――うわ恥ずかしい、『俺の中では』だって。まあともかく、傑作という言葉の持つイメージとは違う。有体に言うと、この作品、話自体はそこまで面白くないんだよ。せっかく『嵐の山荘』という舞台なのに、閉塞感とか、サスペンスとか、そういったものはほとんどない。オチはちょっと利いてるけどね。淡白なんだ。『どきどきした』『感動した』という感じではないんだね。それよりも、精緻な工芸作品を観たときに抱く感慨というかね、ほう、と鳩尾の下から感嘆の溜息が溢れてくるというかね、そういう作品なんだよなあ。それには傑作というよりも、最高の仕事、という言葉の方が似合う。そう思う」
「なるほど。でその、肝心の逆叙述トリックについてなんだけど」
「おっとそれ以上はネタバレだ。ここから先は言えないな。そこは是非とも君自身の眼で確かめて欲しい」
「そんなVジャンプブックスな」
 評価:【A】【心】