『未来世紀ブラジル』観ました。

 近未来の管理社会系ディストピアを舞台に、適応障害起こしたへたれエリート・サムくんが大活躍してしまうお話。観るのが遅くなりましたが(20年ほど)、大変面白かったです。たはは。
 こういった架空世界を語るためにはツッコミ役の存在が不可欠です。彼は我々と常識を共有し、かつその世界の事情にも通じていることが望ましい。本作でその役割を負っているのはサムくんであり、映画は序盤、彼の目を通してこの世界の、主に役所の理不尽さ・滑稽さを見せつけてくれます。サムくんはエリート公務員、つまり役所側の人間ですが、適度にやる気がないためか『染まりきって』おらず、一般的な感覚も持ち合わせている。理想的なツッコミ役と言えましょう。誤認逮捕のすえ拷問死を遂げた一般市民の遺族に、わずかなりとも同情できる公務員は彼くらいのものです。
 しかし中盤、この図式にヒビが入ります。サムくんの狂気の発露です。架空世界への導入がつつがなく終了し、ツッコミ役の必要性はなくなった、ということでしょう。サムくんはそのままボケへと転向。物語は世界の狂気vs個人の狂気という様相を呈し始め、歯止めの利かない妄想の大奔流の中エンディングまで突っ切ります。圧巻です。そして、個人の狂気が世界に対し、ついに一矢たりとも報いえないというのには、同じヘタレとして涙するしかないでしょう。
 ごちゃごちゃなようで実は首尾一貫してる世界造型、そして狂人小ネタの数々が素晴らしい。笑いと同時に常に恐怖、イヤイヤ感などを引き起こし、結果《面白胸糞悪い》という混沌とした感情を生み出します。好きなキャラは拷問室のタイピストおばさんと、あと公的暖房修理業者の二人組ですかね。「いじったんだ」「いじったんだ」
 
 評価:【A】【心】