不意を衝く人格発見 / 浦賀和宏『彼女は存在しない』感想

彼女は存在しない (幻冬舎文庫)

彼女は存在しない (幻冬舎文庫)

 素晴らしい。実に見事な『人格発見』様式*1である。
 完全にDQNだと思ってたあんちくしょうが、物語の終盤において実は良い奴だったんじゃねえのと発見される、しかし今ごろわかってももう手遅れなんだよおろろーん。とまあそういった流れなのだが、ここで見事なのは、「実は良い奴」という情報の提示が、ミステリ的事件の真相解明とセットになっている点である。この物語はミステリであるため、我々読者はずっと状況を誤認させられているわけだが、この「状況の誤認」の中に「人格の誤認」も含まれている。そのため、状況の解明=人格の解明となり、物語は通常のミステリ道を逸脱することなく、そこに人格発見が待ち構えていることなどおくびにも出さず、粛々と進行することに成功している。最後は完全な不意打ちだ。実に巧い。
 しかし、左様にミステリと人格発見の相性は良いはずなのだが、これを生かした例があまり思い浮かばないのはなぜだろう。善良な一般市民→実はキチガイ、という負の人格発見形式は多いのだが(『魔人探偵脳噛ネウロ』を引くまでもなく)。やはりミステリ読みは狂人が好きなのだろうか。
 
 評価:【A】

*1:Ein Besseres Morgen』から借りた言葉。物語の途上でキャラクターの「意外な一面」が発見されることで、読者に何らかの(時として大きな)情動を引き起こす手法の総称。「強面の不良が実は動物好き」「勝気な娘ッ子が実は怖がり」など。