サンゼロ年代の妄想力 / 江戸川乱歩『孤島の鬼』読了

孤島の鬼 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島の鬼 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 「江戸川乱歩……おまえなかなかいい小説書くな……才能あるぞ……」というゴッホの絵を見たウェザー並に不遜な感想を抱いてしまったのでありますが、抱いてしまったものは仕方がないのでありました。いやね、乱歩っていうとこう、怪奇幻想系の短篇のイメージばっかり強かったものでして。こんな真っ当にエンタメしてるのか、という驚きがあったのでした。読みやすいです、実に。
 などと言いつつ、「怪奇幻想系のイメージ」の方に話を持っていくわけですが。一番鮮烈だったのが人工的に造られたシャム双生児かつ妙齢の男女の件で、このシャム男の方がシャム女のことを好きで好きでたまらなくなってしまい一日中レイプ未遂を続けるという。うへえ。今から80年前、文壇の妄想力は既にこの段階にまで達していたのかという話です。なぜだかすごい負けた気分に。
 あと余談。途中、『正義の味方』のワードが出てきます。

 私はこの島に踏みとどまって、もっと深く探って見よう。滅入っている諸戸を力づけて、正義の味方にしよう。そして、彼の優れた智恵を借りて、悪魔と戦おう。私は諸戸屋敷の自分の居間に帰るまでに、雄々しくもこのように心をきめた。

 竹熊先生によれば、『正義の味方』という言葉を作ったのは川内康範先生だとのことですが、月光仮面は1958年、対する孤島の鬼は1930年です。よし勝った!(何が?)
 とはいえ、孤島の鬼における使われ方には、今でいう『正義の味方』の意味合いは薄いですね。ただ、言葉としての組み合わせは月光仮面より古くからあったっぽい、ということ。正義の味方研究家たる皆さんは覚えて帰ると宜しいでしょう。
 評価:【B+】