円城塔『Self-Reference ENGINE』読了

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 ひょんなことから時間の流れがわやくちゃになってしまった未来世界──いや、未来とも言い切れないんだな、何しろ時間がワヤだから。ともかくそんな世界で、人間だの、人間をはるかに超越した知能を持つ電子頭脳群だのが織り成す20の風景、20の断章。この断章にはそれぞれいくらかのリンクがあって、繋がりそうに思えるんだけど、でも、やっぱり圧倒的に繋がらない。うん、2回読んでみたけど、正直さっぱりわからなかったぜ。でも面白かった、てのがずるい感じだけど。
 全体としてはわからなかったので部分部分の話をしますけど、最初にこれは、と思ったのはこの世界をほぼ文字通りの意味で支えている電子頭脳群である『巨大知性体』、こいつらのパラダイムシフトな演算速度を実現した『神父Cのテーゼ』のくだりですね。あらゆる演算には計算ステップなるものが必要であり、そしてこれが有限の時間間隔である以上、演算には必ず速度限界が存在する、と。で、この限界を超えるには、「計算ステップのない計算」、すなわち「計算しない計算」といったものを考えなくてはならない。この問題に対し、神父Cは答えて曰く。

「そういった過程はしかし、存在する」
(中略)
「自然現象はまさにそのような計算として今この瞬間も進行している」

もしもこの世が義脳の中にあるとするならば、義脳が認識する義脳自身のクロック数が世界で最速の計算となる。義脳の中で行われる計算などは、電子頭脳の中に組み上げられた電子頭脳で計算を行うようなもので、ただの二度手間であるにすぎない。計算機なるものが自然の中で行っているのはそういう種類の二度手間である。
(中略)
ならば、自然現象として計算を行えばよいではないか。

 「自然現象として計算」。何言ってんだ桃城、という感じですが、しかしそれが成功してしまうという。

「そしてわたしたちはそよ風になった」

 かくして巨大知性体はこのテーゼを元に自然現象と一体化、世界そのものと同等の演算能力を得るに至ったのでありました。
 ……どうですかこの大ボラ。僕は大好きです、はい。
 
 あとそうですね、起きている事象はイーガンクラスの大事なのに、語り口が妙にとぼけた感じなのが良かったですね。「おばあちゃんの家から大量のフロイトが発掘される話」なんかは(まあ事象自体が大概ですが)これが特に利いてる。

 祖母の家を解体してみたところ、床下から大量のフロイトが出てきた。
 問い返されると思うのであらかじめ繰り返しておけば、発見されたのはフロイトで、しかも大量に出現した。フロイトという名の何か他のものでしたなんて言い逃れることはしない。フロイトという姓のフロイトであって、名をジグムント。
 強面だ。

 「強面だ。」じゃねえー! いい文章をお持ちですなあ。
 
 評価:【B+】【心】