踊れ踊れダーヴィッシュ 〜憂鬱サッカーダンスの思い出
「箪笥といえば、思い出す。君は『憂鬱サッカーダンス』という漫画を知ってるかい? ──いや、知らないか。まあそれも仕方ない。何せ週刊少年ジャンプに昔一回だけ、それもHUNTER×HUNTERの代原だかで載った読み切りに過ぎないからね。
作者は新田瀕死。名前で既にセンスを感じるだろう? 絵には基本的にやる気が感じられなくて、背景の白さが目立つ感じ。内容は、一言で言ってしまえば『ボールの代わりにタンスでサッカーをする』という、まあ不条理系のギャグ漫画なんだけど、これがね、なかなか……うん、青春なんだ。
いや、僕の頭は正常だよ。『時には嘘によるほかは語られぬ真実もある』って芥川龍之介が言ってたらしいんだけど、いやはや、昔の人って大体何でも言ってるよね、ってのはともかく、この漫画もそういうものだなあ、て今思いついたんだけど、あれ、今一つ関係ないかな?
まあさておき、しばらく僕の話に付き合ってくれよ」
◆第一部 〜始まりは憂鬱に〜
『──サッカー部やバスケ部の連中はあかぬけている』
『俺らバドミントン部はどこ行ってもランク下だよ』
この、主人公のモノローグから憂鬱な物語は始まる。
どこか鬱屈した高校生活を送る主人公。そこに、草サッカーの試合に参加してみないか、と誘いがかかる。形だけサッカーを始めたところで何が変わるわけでもない──。そう思いながらも、何か契機が欲しかったのか、主人公は試合場の土手に向かう。
──そこで彼は、ボールの代わりにタンスが置かれているグラウンドを見るのだった。
◆第二部 〜《タンスサッカー》〜
「これはボールの代わりにタンスを使う、全く新しい《タンスサッカー》だ」
「まだマイナーだが、そのうち本家サッカーを凌ぐ人気スポーツになるぜ」
当たり前のようにタンスでドリブルし、タンスをパスし、タンスをシュートする選手たち。途中、タンスサッカーの専用スパイクは小指のとこが露出しててタンスの角に小指が当たって痛てー、みたいな小ギャグを挟みつつも、主人公チームはなんとなく勝利する。
──そんな主人公たちの試合を眺める長髪の男がいた。不敵に笑い、去っていくその男を見て、チームメイトがうめく。
「あいつはまさか……天才!?」
◆第三部 〜奴の名は天才〜
翌週、主人公チームの対戦相手にはあの長髪の男がいた。
「奴はタンスサッカーの天才だ」
「タンスサッカーをやる者で知らない奴はいない」
天才はヒールでタンスを操り小指をかばうなど、その名の通り天才的なテクニックを見せつける。窮地に追い込まれる主人公チーム。
「こんなわけわかんねースポーツで負けてられっかよ」
最後のチャンスに賭け、主人公は走る。
『こんなのでも負けたら、俺──いつまでもランク下のままだよ!』
雄叫びを上げ、ダイビングヘッドでタンスに突っ込む主人公。そして、暗転。
◆第四部 〜流血、試合の後〜
主人公は流血して退場、試合は敗北に終わった。
夕暮れ、友人に肩を借りて帰路につく主人公。そこで彼らは、目撃してしまう。
タンスサッカーの天才。彼が、同じ高校のサッカー部らしき連中に、軽くいじめられているところを──。
「天才……あいつも学校じゃあ、ランク下なのか……」
◆第五部 〜終わりは憂鬱に〜
結局主人公は、バドミントン部に戻った。
最後の大コマ。真っ白な空間にポツンと一つだけ置かれたタンス。そこに主人公のモノローグが被る。
『どんなに頑張っても、タンスの下の引出しに入ってるものが上に行くことはない』
力なく笑う主人公。
物語は終わる。
「……という話さ」
「はあ、その」
「ん?」
「それは確かに凄いとは思いますが」
「うん」
「僕が『箪笥』見てきましたよー、と話振ったのに対する返答がそれですか」
「はは鈴藤くん、会話がキャッチボールだなんて大嘘だよ」