乙一『暗黒童話』読了(ネタバレ反転あり)

暗黒童話 (集英社文庫)

暗黒童話 (集英社文庫)

 左眼の移植手術を受けたらその眼球の元の持ち主の生前見た映像が見えるようになっちゃった女の子の話。その映像には持ち主の死の瞬間も含まれていて、しかもその死には事件性があって、女の子は真相を確かめるため左眼の記憶を頼りに持ち主の故郷を訪れて……、といった感じで物語は展開していくのだが、しかし、この際そんなこたあどうでも良い。この話について語るべき点は他にある。
 女の子は事故で左眼を無くした際、同時に記憶も失っている。彼女の周りの人々、母親、教師、クラスメイトは皆口々に言う。「前の貴女はもっと明るかった」「なんでも良くできる子だった」「いつも友達に囲まれていた」。彼女は記憶を失う以前の自分に嫉妬する。
 そして(ここから先ネタバレにつき反転)ラスト、記憶を取り戻し、明るく優秀な以前の自分に戻った彼女は、記憶を取り戻す以前の自分のことを──不器用で、劣等感に苛まれ、いつも不安に怯えていながらも、前に進み続けた『彼女』のことを、誰よりも愛おしく思うのである
 こんな感情の描き方、僕はこれまで読んだことがない。この一点のみを以ってしても、【心】評価を付ける理由に十分すぎるほど足りるのである。
 
 評価:【B+】【心】