『ケルベロス第五の首』おぼえがき。

ケルベロス第五の首 (未来の文学)

ケルベロス第五の首 (未来の文学)

 ジーン・ウルフケルベロス第五の首』読了。そして即座に再読開始。
 いや、これは相当面白いんじゃないでしょうか。でしょうか、と煮え切らない言い回しなのは明らかに伏線を拾いきれてないから。再読して色々発見はあったけど、それでも全然足りてないであろう。ジャンルはSF+新本格ミステリ(本作が殊能将之鏡の中は日曜日』の元ネタであることはあまりにも有名)。この新本格の部分が肝で、読めば読むほど味の出る、スルメのような作品に仕上がっています。
 舞台は地球から遠く離れた双子の惑星、サント・クロアとサント・アンヌ。これらの惑星には100年ほど前から人類が住み始め、それぞれ独自の文化・政治形態を創りあげている。
 人類の入植以前、サント・アンヌには原住民(蔑称的に『アボ』と呼ばれる)がいたのだが、現在、その姿を見ることはない。彼らは初期の人類移民に敗れ、絶滅したと言い伝えられている。しかし、『ヴェールの仮説』と呼ばれる異端の学説によれば、アボは自在に姿を変える能力を持っており、やって来た人類を皆殺しにした後、人類になりかわったのだという。すなわち現在のサント・アンヌ住人は、自らの歴史を忘れ、地球人のつもりになっているものの、本当はアボの子孫なのだ……。
 これを基本的な世界設定として三つの中篇が語られるのですが、この三つが三つとも『記述に信頼の置けないタイプの作品』なのが非常に厄介。叙述トリック仕掛け放題じゃないですか。第一話は時折記憶が飛んじゃう人物(しかも嘘吐き)の一人称だし、第二話は作中人物(しかも誰だか微妙にわからない)の書いた物語だし、第三話はこれまた作中人物の書いた日記やらなんやらの切り貼りだし……。
 これらの記述は時には補完しあい、時には矛盾しあう。しかし解決編は存在しない。事実を一つに断定できるような、そんな強固な根拠も与えられない。あーだこーだ考えた挙句、読者は『よりそれっぽい解釈』程度で納得するしかない。
 これって、実際に歴史を確定する作業そのものなんですね。読了時に訪れる不安は、そのまま現実の歴史・自己に対する不安に繋がる。言葉にすると今さら感あふれる題材ですけど(ex.「君は徳川家康の実在を信じるのか?」)、架空世界を構築し、それを積極的に読み解かせることで、体感に近い鮮烈な不安を与えることに成功しています。我々は、本格ミステリを読むときほどにも、現実世界を疑わない。
 
 評価:【A】【心】
 
 以下、色々とメモ。ネタバレ御免。
 ◆『ケルベロス第五の首』
・まず、第五号の本名は『ジーン・ウルフ』。
・マーシュ博士の目は緑(アボと見なして良いのか?)。肩書きは人類学者。
・第五号がマーシュ博士をアボ、あるいはハーフと断定した根拠は? テレパシー(第二話で使われるような)?
・対決の夜、お父さんはなぜマーシュ博士を呼んだのか。もしかして、二人のマーシュを呼び寄せるつもりだったのではないか(妄想度大)?
・第五号、デイヴィッドは武器を使える(アボではない?)。
・全編ヤード法で記述。
 ◆『『ある物語』 ジョン・V・マーシュ作』
・ジョン・V・マーシュとは誰か。いつ書かれたのか。
・どの程度真実なのか。真実だとすればどうやって知ったのか(アボの古い記憶?)。
・老賢者の名は“狼”、つまりウルフ。第五号たちの祖先は影の子か?
・緑の目はアボのしるし?
・アボは道具(武器)を使えない?
・全編ヤード法で記述。
 ◆『V.R.T』
・第二話と地形、星座などで一致。
・V.R.Tはロープを器用に使う(アボではない? それともハーフだから?)。
・手の傷痕が消える(マーシュとV.R.Tの入れ替わりの薄い根拠)。
・対決の晩、マーシュは犬の家に行かない。ではなぜ殺害容疑?
・途中からメートル法に切り替え。V.R.Tはフランス語ができる(入れ替わりの濃い根拠)。
 時間切れにつき今日はここまで。多分追記します。