『アンチ少年漫画としてのシャーマンキング』後編

シャーマンキング 19 (ジャンプコミックス)

シャーマンキング 19 (ジャンプコミックス)

 昨日(2004/8/31)の続き。
 「僕は確信している。シャーマンキングは最も自覚的に『アンチ少年漫画』たろうとした作品だったのだ、と」
 「あの、熱血弁論中申し上げにくいんですが」
 「なんだい鈴藤くん」
 「なんですかアンチ少年漫画って」
 「まあ、僕が作った言葉なんだが。『アンチミステリ』の親戚だよ。アンチミステリの定義(注1)に踏み込むとなかなかしんどいことになるから、ここでは深く触れないけど、要は『推理小説のコード』を大量に取り入れて作品の外殻を構築しておきながら、それを悉く内側から破壊していく、そういった作品群だと僕は認識している。この『推理小説のコード』を『少年漫画のコード』に読み替えれば良い。それがアンチ少年漫画だよ」
 「えと、コードっていうのは」
 「ん。なんだろう、記号とでもいうかな。推理小説のコードと言ったら探偵、吹雪の山荘、密室殺人、暗号、みたいな。じゃあ、シャーマンキングで用いられた少年漫画のコードを拾っていくと──」
 1.シャーマンファイト本戦(トーナメント方式。天下一武道会など定番中の定番)  
 2.巫力の数値化(戦闘力、スカウター)  
 3.主要登場人物の死亡と復活(ドラゴンボール、他多数)  
 4.生き返るとパワーアップ(サイヤ人)  
 5.強さのインフレーション(数多の作品)
 「──取りあえずこんなところか。恐ろしいことに、全てのコードがドラゴンボールによって発明、或いは発展させられたものだということに気づかされる。これは少年漫画、特にバトル漫画(注2)におけるコードのほとんどにドラゴンボールが関わっているからとも言えるし、武井宏之が意識的にドラゴンボールのコードを拾ってきたからとも言えるだろうね。こういった記号によって、シャーマンキングの外殻は構築されている」
 「ふむ。これだけ見ると、めちゃくちゃベタな作品ですね」
 「徹底的にベタな記号で塗り固められた、少年漫画御殿とでも呼ぶべき豪華絢爛・威風堂々たる建築物だ。しかし、この建築過程は準備に過ぎない。建物ができたら、今度は徹底的に破壊を始める。一つ一つ実例を挙げていこう」
 ・シャーマンファイトの裏で行われる闇打ち合戦で選手の多くが退場(第1項の破壊)  
 ・ようやく一回戦終了という頃合いに突如軍隊上陸、選手皆殺し(同上)  
 ・巫力二千のホロホロが十万以上のブロッケンを打倒。「俺、数学苦手だからよ。数字言われてもわかんねえんだ」(第2項の破壊)  
 ・主人公の「どうせ優勝するのハオだし」発言(第1、第4、第5項の破壊)  
 ・一戦闘平均三人死亡、でもすぐ生き返る(第3項の極限化、打ち消し)  
 ・ハオを倒すのではなく、ハオを助けるのだ(第4、第5項の破壊)
 「(第3項の極限化、打ち消し)について説明する。他のパターンでは、例えば『どうせ優勝するのハオ』→『じゃあ試合やる意味ないやん!』『パワーアップしても意味ないやん!』という感じで意味の無効化を図っているのだが、このパターンに関しては『生き返っても意味ないやん!』とは思わない(注3)。やはり主人公に死なれたままだと困る。そこで、毎回戦闘毎に死→再生→死→再生→死→再生→死→再生……を極限的に繰り返すことで、そもそも主要キャラが死んで生き返ることの効果、すなわち驚愕→安堵効果を完全に打ち消している。遠回りしながらも、第3項のそもそもの成立要因を破壊しているわけだ」
 「驚きがないから、そもそも主要人物を殺すこと自体に意味がない、というわけですね」
 「そう。ここでもやはり、最終的には意味の無効化が図られているわけ」
 「いやしかし、見事なまでに全てのコードが破壊されましたね」
 「うん。後に残ったのは、壁の一枚、柱の一本に至るまで破壊され尽くした少年漫画御殿の残骸だけ。後期シャーマンキングに漂っていた世紀末的風情はこの残骸の風景だね。これ自体、鑑賞に足るものだ。でも、やはり僕は、破壊された後のものよりも、破壊行為自体、それこそを高く評価したい」
 「破壊行為──作者の志、ですね」
 「そう、志。それが一番言いたいこと。彼の、武井宏之のセンスというものは、本当にアリとナシのギリギリのバランスを衝いていて、イラっとくる人は本当に虫唾が走るだろうし、僕でも、この僕でさえも、ついていけない時はままある」
 「『当時の私のアダ名はチビマルコだった』とかはついていけない系ですね(注4)
 「でも彼、志はあったんだ。そのこと──そのことだけは、わかってやってくれ。理解してやってくれ。その上で、でもやっぱあの作者センスがキモいなーとか思うのは仕方がない。ただ、あんまり、その、苛めないでやってくれ。可愛がれとまでは言わないからさ。僕が二日もかけて言いたかったのは、つまり、そういうこと」
 
 「いや、長かったですね。お疲れさまです」
 「今回のは時間かかったなあ」
 「以前、僕の好きなサイトの管理人さんが、『一日の日記にどれくらい時間をかけますか?』の質問に対し『二週間くらい?』と答えていたのですが、これ、あながち冗談ではありませんね」
 「いやほんと、僕たちがフィクションで良かった。生活時間なんて関係ないからね」
 「生活? そんなものは管理人にまかせておけ」
 「巧いなー」
 
 (注1)
 昔誰かが言いました。「アンチミステリと呼べるのは、『虚無への供物』ただ一つ」
 他の誰かが言いました。「この世の全てのミステリは、アンチミステリにならざるを得ない」
 ミステリの神は言いました。「どうでも良い、好きにしろ」
 (注2)
 さっきから、ほぼ(少年漫画)=(バトル漫画)の語義で使っているが、精密な話をすれば、
 (少年漫画)⊃(ジャンプ漫画)⊃(バトル漫画)
 であろう。まあ、僕の話なんて毎回いい加減なものなので、眉毛は各自で潤しておくように。
 (注3)
 いや、思う、かも? どうせ次の戦いでまた死ぬし。死ななくても百年以内にどうせ死ぬし。「いつか絶対に死ぬのに、なんで生きているんだろう……」「帰れ、中二の教室に」
 (注4)
 おかしい、文章で書くとちょっと面白い。当時よりも信仰力が増加したせいだろうか。